834名無しさん@おーぷん2015/10/08(木)20:08:33ID:8qM
捕捉。
それまで仲のいい義姉妹やっていたつもりだったけど、ほんとうにつもりだったと思い知った。
ボイスレコーダーから聞こえてきたのは盛っている声と夫妹の私への悪口。
「あたしの前であんなブスとベタベタしないで」←ワタシが妻です。
「保険金かけてあるし、殺しちゃおうか」←結婚した時に夫婦で入りました。
「○~、○~」←Hに限らず、二人きりの時は夫の名前を呼んでいる模様。
「あのブスさえいなければ、○の赤ちゃんを産んであげられたのに」←あんたら兄と妹だよね。

夫の両親同席のもと、録音していたものを聞かせたときの反応は悪霊でも乗り移ったのかと思うくらい別人だった
夫両親は兄妹の仲を知らず、お舅さんがその場で卒倒した。
(呼び出したときに兄妹の合体写真だけは見てもらっていました)
夫も夫妹もこんなやり方は卑怯だとか、両親に知らせるなんてひどいとか、イロイロ言っていたけど弁護士同席だったからずっと私のターンでした。





838名無しさん@おーぷん2015/10/08(木)21:23:46ID:182
>>827
>>830
>>834
すでに胸が苦しい…が、これを目の当たりにしたあなたはもっとだろう…
そしてさらに男に取られた話があるなんて恐ろしい…




839名無しさん@おーぷん2015/10/08(木)21:54:51ID:8qM

③ 三番目の夫
バツ2になって、実家に戻った。会社も辞めた。私に責はないし慰留を進められたけど、思いつくまま報復行動の一環で夫の所業を会社でも取引先でもマヤっていたからいられるはずもなく。
私は三人兄弟の末っ子。兄、姉、私だ。
最初の離婚騒動で姉は絶縁状態、兄は定職につかない自称「ミュージシャン」なる御仁。独身だし、人生一度なんだから親兄弟や他人様に迷惑をかけない範囲で好きにやれと放置していた。
定年後に再就職していた父がその年に会社を辞めて、母といっしょに小さな弁当屋をはじめた。夫婦の夢だったから両親の邪魔をしない範囲で私も手伝っていた。
両親はバカップルってわけでは(たぶん)ないけどオシドリ夫婦。はぐれたら困るとか言って人ごみの中では必ず手をつなぐし、夫婦が別々に同じ旅行のパンフレットを持ってくる人たち。朝晩の犬の散歩には必ず一緒に行く。
そんな両親を見ていたからか、結婚はもういいとか言っていたんだけど、飛び込んできたお見合いに乗ってしまった。
ああいう老夫婦になりたかったなーって思ったりもしていたから「しあわせな老後」に未練があったのかも。
お見合いを持ちこんできたご近所さんにバツ2だって言ったけど、それでもいいって相手が言ってくれたこともあって交際開始。半年後に入籍した。
次男だから養子に入ってもいいと言ってくれたので夫が私姓になった。夫が独身時代に飼っていたイグアナがそのままうちの子になった。
結婚生活は穏やかだった。女慣れしていないシャイなタイプだったけど、よくイグアナの背中を歯ブラシで擦って和んでた。
兄が出入りするようになったのは私が妊娠した頃。
兄が両親や私に連絡を寄こすのは決まって金の無心だったから、私と両親は相手にしなかったんだけど夫が引っ掛かった。
最初は夫の職場にふらっと出向いてきて金の無心をしていたらしいけど、夫が拒否するようになると酒を飲ませてホテルで掘ったらしい。
それ以来だんだん「抱く」側から「抱かれる」側がいいとなったらしく、女相手は完全にED状態。私ともダメ。兄に洗脳されたのか惚れたのかわからないけど、そのうち自分から連絡するようになった。
それでも私に愛情があったらしく、サービス残業と称して兄とホテルに行くたびにやつれていった。
まさか兄に寝取られるとは思っていなかったから、そっちの面では警戒していなかった。
夫は嘘とか隠し事ができないタイプだったから、様子がおかしいのはすぐに気が付いた。
それでも浮気を疑わなかったのはEDで浮気ができるわけないと思ったからなんだけど、このとき問い詰めていればよかった。




842名無しさん@おーぷん2015/10/08(木)22:09:24ID:8qM
兄が夫を寝取ったのは夫に横恋慕とかそういうものではなかった。私は末っ子で兄とは10、姉とは5歳離れている。
兄の動機は「自分が困っていても助けようとしない親が私にだけは昔から甘いのがゆるせない」という小学生みたいな内容だった。
兄はゲイだったらしい。私も両親も知らなかった。
一連の発覚も兄が自分で私たちに喋った。
夫婦仲を壊してやろうと思ったのに、壊れなかったのがシャクで暴露に及んだ。
「お前の腹にいるのは男に突っこまれて喜ぶ変態の子だ」って言われた時、花瓶で殴ってた。反対に夫は魂が抜けたみたいな状態になって、夫両親に連絡して家に来てもらった。
その間、出血した私は母に連れられて病院。
悪いのは全面的に兄で、こちらは言い逃れなんかできる状態じゃない。どんなお叱りや罰でもお受けしますってうちの父が土下座したと後から聞かされた。
離婚に至るまで完全に私は蚊帳の外だった。病院に運び込まれた直後、私は死産すれすれの早産で未熟児を出産。母子共々生死の境をさまよっていた。
意識が戻って、未熟児の男の子と対面したころ両親から両家の間で決まったことを伝えられた。
このとき、兄と関係を持つようになった夫の心境を又聞きで聞かされた

兄は家から叩きだし絶縁。兄が夫から巻き上げたお金はすべて父が賠償。
向こうの両親の意向で離婚。慰謝料は子供の養育費と相殺。夫は精神科にかかることに。
嫁さんが悪いわけではないが、孫だとは思えない、いっさい連絡をしないでほしいと舅さんが言ったらしい。
当然そうなるよねって思った。死にかけたせいか死のうとは思わなかった。この子をちゃんと育てないとってそっちに頭が向いた。
現実逃避もあるけど、大人の事情なんて泣き喚く赤ちゃんには知ったことじゃなくて、退院してからは正直泣いている暇なんかなかった。離婚届にサインした。
そのあとに弁護士を入れて兄には接触禁止を出してもらったけど、キチガイをそれで抑止できるとも思えなかったから飛行機の距離の遠方に引っ越した。二番目の夫の前妻さんが言われたことを思い出した。
引っ越す前に一度お姑さんが見えて、赤ちゃんを見て行った。夫がどうしているのかは教えてもらえなかったけど、ほしいと言われたのでミニアルバムを一冊お渡しした。
引っ越し先の住所とPCのメールアドレスを教えておいた。
母子で生きていくつもりだったけど、「孫はこいつしかいないから、離れるのはさみしい」って言って両親はせっかく軌道にのった弁当屋さんを畳んだ。口では孫のことを言ったけど、母子家庭でだれも頼る気がなかった私を案じてくれたんだと思う。
申し訳ない半分、ありがたい半分。
近況としては、運よく正社員で採用してもらえたから両親に甘えつつフルで働いている。
兄と姉がどうしておかしな方向に進んだのかわからない。
口に出さなけど「育て方を間違えた」って悩んでいるのも知っているからどうしていいかわからなくなる。
確かに兄弟のなかでは私が一番両親に甘えているとも思うが、姉も兄と同じように私を憎んでいたのかな? と考えると鬱になりそうになる。

お待たせしたうえに文章を短く書くことができず、長くなって申し訳ない。
内容も胸糞だけど、母親業だけは投げ出さないようがんばっているつもりです。
ここまで読んでくださりありがとうございます。





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1001オススメ記事@\(^o^)/2019/01/11 18:01:00 ID:lifewars